2013年7月16日火曜日

「こどもたちの未来」

 「こどもたちの未来を守ろう」脱原発やら米軍基地問題やらで度々聞くこのフレーズは果たして本当にこどもたちの未来の未来を守っているのか?
  3.11以降原発問題を抱え日本はエネルギー政策の大きなターニングポイントにかかっている。このまま原発を悪として化石エネルギーに頼るのか、原発の安全性を強化し、次世代エネルギーが見つかるまでの期間限定で使うのか。我々が個人で解決し得ない問題である。
  確かに、このままでは問題は進展せず冗長性のある対応が迫られている。事故から2年、エネルギー政策は新たなスタートを切ったまでである。一方で米軍基地問題も同じである。
  しかし、これ見よがしに「こどもたちの未来」を謳い反原発運動をする方々にはあきれかえる。というのも「こどもたちの未来」を謳っておきながら、脱原発やら米軍基地問題でいざ質問をすれば「放射能が怖い」だとか「騒音がうるさい」などと「それはおまえが決めたんじゃないの?」と突っ込みを入れたくなるほどおぞましい回答が来る。結局彼らにとって「こどもたちの未来」は反原発運動や米軍基地問題に対する道具にすぎない。「こどもたちの未来」は実際のところ二の次である。
  したがって、諸問題における「こどもたちの未来」や「こどもたちの安全」「こどもたちの・・・」というのは大人が都合良く使うためのフレーズであり極めて偽善的である。今ある諸問題は建設的な議論なくして解決に及ばず、「こどもたち・・・・」を使って反論するのは言わば感情論であるといえる。
こどもたちの未来は彼ら自身が決めるのであって、大人が往々にして偽善的な振る舞いをするための道具ではないということを認識していただきたい。
 

8ヶ月ぶりに更新?

どうも、お久しぶりです。 いやぁ今年の夏は暑い。著しくね。いやになってしまう。 今日はブラック企業についてちょっと。  ブラック企業といえば居酒屋の「ワタミ」やユニクロの「ファーストリテイリング」などが有名ですね。これらの会社は無駄に長時間労働をさせ、人間性を否定し続けるという点において過労自殺者が出たり鬱病患者が出たりしています。  今日の日本では、就職が大手指向かつ買い手市場です。この点を逆手にとっているのが先に挙げたブラック企業です。当然ブラック企業ですから離職率も高いため常に人材不足ですから、言葉巧みに給与の額面や人間性について謳っています。また生来日本人は勤勉で「欲しがりません勝つまでは」の精神が根深く自分に厳しくすることで理想が手に入るという不文律があります。しかし、本当にその精神を貫く必要があるのでしょうか?  人間の社会は格差があって成り立っています。それ故、その人なりの働き方、能力というものが当然あるわけです。逆に求める理想も十人十色ですし、妥協点も人によってだと思います。 たとえばエリート商社マンを100とした能力に対して30の能力を持つフリーターがいます。エリート商社マンは当然100の能力もあり、また100に見合った対価を支払われて生活しています。一方30のフリーターがブラック企業に就業した場合、求められる理想がエリート商社マンのような100が当然で、120くらいまでのことを平気で求めてきます。それに対し、支払われる対価は30のまま。これがワタミを代表するブラック企業のやり方の一つではないかと思います。  これらの問題に対して、ネット上では様々な論争があると思います。当然、年配の方々からすれば、昔と違っていろいろあるんだから贅沢言うなという意見もあると思います。しかし、私は現代には現代なりの大変さというものがあり、ネット社会で情報が豊富にある分何を信じればいいのかということが見えない現状があると考えています。また、単にブラック企業の問題だけでなく、就職活動を煽るマスメディアやリクルートなどの媒体にも少なからず責任があると思います。 (参考文献:今野晴貴 日本を食いつぶす妖怪 ブラック企業) 乱文で失礼します。